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何故いわでやま産?

私見 ─ なぜ、“いわでやま”なのか? ─

人との出会いは、数億分の幾つかの確率と目に見えない“糸”で突如として現れます。偶然に何人かの人たちを介して知ったこの地に農業の原点、これからの日本の農業とはどうあるべきかを教えてもらいました。冒頭から大上段に構えたような話で気恥ずかしさもありますが、やはり正直なところそのような気分なのです。

私の地元新潟ももちろん米の大生産地なのはいうまでもありません。本州で第一の生産高を誇り、ナショナルブランドとも言うべき「コシヒカリ」を擁しています。篤実な生産者たちが、日々努力を重ね芸術的とも言うべき農産物を世に送り出しています。しかしながら反面それは個人の努力であり、地域全体が生む産物でないことも一面の事実なのです。

一部の農家は、田植えの時点で既に収穫時の引き取り手が決まっています。また、他の農家は兼業農家としてしか暮らしてゆけず、その産物も農協に依存せざるを得ません。その環境から、「安全」「美味」「適価」の良質の食べ物が生まれるのでしょうか?

良い農作物とは、豊かな自然─清浄な水、木々の生い茂る山々―良順な気候、そして篤実な人々によって作り出されるという・・・
しかし文明技術の発達した今、もう一つの大切な要素があると思います。それは、地域を取りまとめ、その方向性を定め、そして共に訓導してゆくリーダーなのではないでしょうか?当該地における農協のあり方は、理想となるべく姿ではないのだと思えてやみません。一つの地域で、ごく僅かの篤農家が飛び切りの上等のものを作りより、地域が団結して沢山の良質の産物が生まれるなら、それこそ国内自給率の向上に大きく貢献することでしょう。そして多くの生産者に力を与え、消費者に喜びを届けられるのではないでしょうか?

私は明るい未来が待ち受けている、この伊達政宗ゆかりの地から作られる大地の恵みに限りない愛着を感じます。豊かな土地と作っている人々、そしてそれを慮って努力する人達。間違いなく、最高のものが生まれています。